大前研一氏が、なかなか興味深いことを書いていました。
大筋では的を射ているのですが、細かいところでは、批判すること自体を目的として書いているようにも読め、少し違和感を感じました。
今のIT業界の事情を知っていれば当然言及されるべきことが、書かれていなかったからです。
企業も人も日本から逃げ出す「骨太方針」 / SAFETY JAPAN [大前 研一氏] / 日経BP社という記事です。


 「5年間で労働生産性を1.5倍に増やす」という目標値は、米国と同等レベルに引き上げることを狙っているのかもしれない。しかし、この数字を米国レベルまで引き上げたとして、何が待っているのか。安倍首相はそこまで思い至っていない。なにしろ生産性向上の結果としてあるのは「失業者の増加」だからである。

トータルで見れば、きっと、失業者は増加するでしょう。
その結果、非正社員が増え、格差はもっと広がるはずです。
でも、ここからが、おかしいです。
そもそも支離滅裂な「骨太の方針2007」なので、仕方がないのですが...

 骨太の方針では、最初の3年は集中的に成長力加速プログラムに取り組むとされている。この成長力加速プログラムの内容を詳細に見ると、「工賃倍増」「最低賃金制度の充実」などが挙げられている。だが、賃金倍増したとして、それがどのような結果を招くのか。ズバリ、仕事が中国などに流れて、日本国内ではますます失業者が増えるだけだ。

生産性向上の度合いと、賃金増加の度合いに依りますね。

給料と人件費の関係は、そんなに実は単純ではありません。
年収500万円の人1人に会社が掛けているお金は、年間1,000万円を軽く超えています。仮に1,200万円だとしましょう。
さて、本人の年収を倍増させて1,000万円にすると、給与支給分が500万円増えますので、会社が掛けるお金は1,200万円から1,700万円になります。(厚生年金など、本人の収入に比例して会社負担が変わる分がありますので、ここまで単純ではないですが。)
要するに、人件費は41%の増加です。

さて、仮に生産性を50%挙げることが出来て、人件費が41%の増加で済めば、コストパフォーマンスが改善されたことになります。
そうするとどうなるか、日本人技術者の国際競争力が増すのです。
具体例を挙げますと、今のソフトウェア開発業界は、賃金の安いインドや中国に仕事をどんどん出しています。
いわゆるオフショア開発というやつです。
オフショアに出す理由の一つは、言語の違い等によるコミュニケーションのオーバーヘッドを加味しても、オフショアで開発したほうが、開発費が安く済むからです。
でも、実際は、劇的に安く上がるとは限らず、プロジェクトによってはかえって高くつくこともありますし、平均したら、開発費の削減は1割程度だと思います。

そうすると、日本人の生産性が向上すれば、「日本国内で開発しても、オフショアで開発しても、大して変わらない。それならリスクの少ない国内で開発すれば良い」と経営者が考えを改め始めるでしょう。
つまり、今と比べれば、国内の雇用が増える可能性があるのです。
従って、冒頭の「生産性の向上の結果、失業者が増える」は、少なくともIT業界では必ずしも正しくありません。
ですので、私は違和感を感じたのです。

では、「骨太の方針2007」は美しい国につながるかと言いますと、総論で言うと100%のNOです。
これは自信を持って断言できます。
そもそも、自民党や安倍内閣は、国民の生活の実態を、呆れるほど理解していません。
以前、ゆとり教育の見直しと子供の学力低下という記事を書きましたが、今の若年者層の学力の低下、ポテンシャルの低下は、危機的状況を通り越して、もはや絶望的です。
現場では、生産性の向上どころか、一流大学の大学院を出た新入社員に対して、中学校で教えるような国語や算数を教えなければならない有様です。
生産性はむしろ年々下がっているのではないでしょうか。
ひとえに、ゆとり教育のせいです。
残念ながら、生産性の向上も、賃金の倍増も、当面は絵に描いた餅でしかありません。
大前氏は、実はそのことを言いたかったのかも知れません。

では、どうすれば良いか。
極端な話ですが、米国の企業のように、「毎年、下から10%の社員は解雇する」ような制度を導入して、企業に優秀な人材だけが残るようにして、企業の生産性を高めるしかないと、私は思っています。
社内にどんどん競争原理を働かせるのです。
その代わり、解雇された社員にも、賃金は下がるでしょうけど、別の就労機会を与える必要があります。
その結果、格差社会はますます広がるでしょうね。
もちろん、最低限の生活が守られるのは前提ですが。

そもそも、日本の格差は、格差社会とは言っても、中国やインドのそれと比べたら大したものではありません。
大事なことは、格差の是正ではなく、下流の人でも最低限の文化的な生活ができることなのです。
それさえ出来ていれば、格差が広がるのは、むしろチャレンジ意欲が増すので、好ましい面もあるでしょう。

今みたいな国策では、日本は、現在、発展途上国と言われている国々に、10年後には並ばれて、20年後には完全に追い越されているでしょう。
特に、インドには早晩、確実に追い越されます。
私自身、彼らと一緒に仕事をし、彼らの自国の会社の社内を見せてもらいましたが、羨ましいくらいの環境でした。
もしも自分が独身で、それなりのポストと収入を用意してもらえたら、コーディネータとして転職しても良いなと思ったくらいです。

日本が先進国だと思っていられるのも、今のままでは後10年程度でしょう。
そういう意味では、総論として大前氏の『企業も人も日本から逃げ出す「骨太方針」 』という主張は大筋で賛同です。