会社帰りに、渋谷シネマライズで新海誠監督の最新作「秒速5センチメートル」を観て来ました。
平日の最終回ということもあり、席は比較的空いていましたが、真ん中から後ろのほうの観やすい席は、一席置きくらいに埋まっていたようです。
アニメ作品でしたが、観客は私と同じ30代の人が多かったように思います。
観終わった後は、ちょっと切なかったです。
以下、思いっきりネタばれしています。
※2007年10月末にDVDをレンタルして何度か見直して、以下の本文にも一部修正を加えました。
映像は、前作「雲のむこう、約束の場所」と同様にとても緻密に描かれており、背景や人物の全体的な雰囲気も「雲のむこう、約束の場所」によく似ていたと思います。天門さんの音楽とよくマッチしていて、良かったです。
キャラクターは、貴樹(タカキ)はヒロキに、明里(アカリ)はサユリに似ていましたね。外見だけでなく、性格も似ていたように感じたのは、私だけではないはずです。
第1話「桜花抄」は、タカキとアカリの、小学校高学年から中学1年生までの話でした。
東京の小学校でとても仲の良かったタカキとアカリですが、中学進学の際、親の転勤の都合でアカリは栃木に引っ越して行くことになってしまいます。
その後、中学1年生の秋にアカリからの手紙で文通を始まった二人ですが、中学1年の終わりに、今度はタカキが種子島に引っ越すことになってしまいました。
引越しを目前にした3月上旬の金曜日に、学校が終わった後、栃木に引っ越して行ったアカリに会いに行ったタカキですが、乗った電車が大雪で大幅に遅れてしまい、アカリとの待ち合わせ場所に着いたのは予定の午後7時から4時間遅れた午後11時過ぎになってしまいました。
ケータイの普及していない時代、電車の中からでは連絡手段もなく、電車内の席で途方に暮れるタカキ。観ているほうも、電車はちゃんと動き出してくれるのだろうか、アカリとの再会は果たせるのだろうか、とドキドキしてしまいました。「アカリが家に帰っていてくれるといいんだけど」とアカリのことを気遣いながら、ちゃんと待合場所まで行くタカキは、偉いですよね。
アカリのほうは、電車が雪で遅れていることは分かっていたのでしょうけど、駅の待合室でお弁当を持ってずっと待っていました。それだけ、タカキに会いたいという想いが強かったのでしょう。
淡い初恋の初々しさが感じられて、その後の一連のシーンはとても感激しました。
電車がなくなってしまいタカキは帰れなくなってしまい、二人で小屋に泊まったタカキとアカリでしたが、結局、これが二人の今生の別れになってしまいました。
朝、電車が動き出して、タカキの乗った電車を見送ったアカリの「タカキ君なら、一人でも、きっと大丈夫だから」という科白が、二人の今後を暗示していたのかも知れません。
特に、電車が発車した後のアカリの顔つきが、前の晩の中学1年生らしいあどけなさの残る表情から、大人びた表情に変わっていた点は、本作品において大きな意味を持っていると感じました。
細かい突っ込みとしては、アカリの引っ越した先で、アカリは公立中学校に通っているはずなのですが、何故か通学に電車を使っています。
公立であれば、岩舟町立岩舟中学校に通うはずで、アカリが電車で通学することはないと思うのですが。
これは、あえて電車通学というシーンを入れたかった新海監督の思い入れによるものだと思いますが、この点だけが、現実にありそうな生活に基づいた本作品の中で、違和感がありました。
あと、これは新海作品の特徴の一つだと思いますが、親の姿がほとんど登場しないというのがありますね。第1話でアカリからタカキへの電話をタカキの母親が取り次ぐシーン、第2話でカナエの母親がカナエの姉と共に調理場にいるシーン、第3話で駅のホームでアカリとアカリの両親が出て来たシーンくらいでした。
もし、親子関係を含めたストーリーにしてしまったら、第1話で中1のタカキとアカリが畑の中の小屋で一夜を過ごした行為に対して、「両親が心配しているのでは?」と現実的なことに思いを馳せてしまうため、あえて第1話では両親をほとんど登場させなかったのだと思いますが。
第2話は、種子島で高校時代を過ごすタカキを、タカキに片思いしている花苗(カナエ)の視点から描いています。
中学時代にタカキが転向して来た初日に一目ぼれして、タカキと同じ高校に行こうと猛勉強したカナエは、けなげだなぁと思います。
高校生活では、カナエは半分ストーカーに近い感じで、いつも部活が終わってタカキが来るのをバイク置き場で待っていました。タカキに片思いしているカナエに対して、タカキはいつも優しく振舞っているものの、どこか取り付きにくい感じがあったようです。
タカキは確かにカナエにはやさしく振舞っており、帰りも「一緒に帰ろう」と誘っていましたが、男友達には「彼女ではない」と言っていましたし、何より、カナエに対する視線に感情がこもっていません。特に、カナエが飼い犬とじゃれている姿を見つめるタカキの表情は、まさに無表情で、それがあからさまに出ていました。小学生の頃、アカリがネコをなでている時にタカキがアカリを見つめている表情が、好意を寄せている人に対するものであったのとは大きく違っています。
タカキは時々ケータイでメールを打っていて、相手はアカリかと思っていたら、実は打ち込んでいるだけで、誰にも送信していなかったんですね。
度々出てくる空想のシーンでは、種子島の岡の上でタカキはセミロングの髪の女性と一緒にいます。顔ははっきりとは書かれていませんが、雰囲気的にはアカリですね。タカキは、アカリへの想いを断ち切れずにいるのでしょう。中1の時に、アカリとの感動的なキスを体験してからは、交際が途絶えても常にアカリを感じているのだと思います。
そんなタカキに片思いしつつも、誰にメールを打っているか、最後までタカキに聞かなかったカナエが、可哀相でした。
第3話は、東京に戻って来て、社会人になったタカキとアカリの話でした。
タカキは、今のIT業界の中で、燃え尽きてしまったのか会社を辞めてフリーのプログラマとしての生活を送っており、3年間付き合った女性とも「1000回メールのやりとりをしたのに、距離は1センチしか縮まらなかった」とメールで言われて別れてしまいます。
タカキが日中に歩いている際に桜の木を見つめるシーンがありましたが、どうやら、小学校高学年から中学1年生の時に住んでいた場所の近辺に、社会人になってからもタカキは住んでいるようです。ある意味、相当、アカリとのことを引きずっているのかも知れません。
一方、アカリは翌月の結婚が決まっており、幸せそうです。
踏み切りで邂逅(パンフレットの表現がこのようになっていますが、私は「邂逅」ではない気がしています)したタカキとアカリですが、遮断機に遮られて2本の電車が行き過ぎた後には、タカキしか残っていませんでした。
てっきり、アカリと思しき女性も振り返って待っているのではないかと思っていたので、このラストは正直意外でした。
タカキのことはずっと忘れていて他の男性と結婚して幸せになるアカリと、アカリのことを忘れられず高校時代にはカナエの気持ちも受け入れられず社会人になっても別の恋人と別れてしまったタカキとを、あえて対象的に描いたようにも受け取れます。
現実によくありそうな話を、純愛の形として連続単品作品に仕上げた新海監督の力量が現れていました。
秒速5センチメートルで新海監督の伝えたかったことを、私なりに解釈すると、大人になって行く過程での茫漠な時間、その時その時の距離によって、様々な可能性が失われて行ってしまったり、新たな可能性が出てきたりして、人生は変わって行くということでしょうか。
それが、タカキの人生と、アカリの人生に現れているのかも知れません。
個人的に気になっているのは、東京から種子島に引っ越した後のタカキとアカリの心境です。
頻繁に電話をするのが無理でも、文通をすることくらいは出来たでしょうし(実際、エンディングの一部に種子島のタカキの家のポストに、アカリからと思われる手紙が入っているシーンはありました)、「一緒に東京の大学に通えたら良いね」くらいの約束をするという思考はあっても良かった気がします。タカキとアカリの二人だったら、いくらでも手紙に書く内容はあったと思うのですが。
どうやら、恋愛の形としては文通の自然消滅という形でしたが、タカキのほうはアカリのことがその後もずっと心の中にあって、一方でアカリは現実の生活に対応して他の身近な男性と接して行ってしまったようにも、エンディングの一連のフラッシュバックのシーンからは読み取れました。
「雲のむこう、約束の場所」と同じように、そのうちに小説が出ると思いますので、その頃のタカキとアカリの心境を知るために、読んでみようと思います。
ところで、新海監督の作品では、現実のものは実写に近く描くというのがこれまでのパターンだったと思うのですが、一部、お遊びが入っていたようです。
新宿のLUMINEがLUNIMEになっていたり、タカキの腕時計のブランドがCASIOではなくOCASIになっていたり。
スポンサーのことを気にしたわけではないと思うのですが。
あと、今回「秒速5センチメートル」を観て思ったのは、前作「雲のむこう、約束の場所」と前々作「ほしのこえ」とネタがかぶっているところがけっこうあったことです。
・電車は、「雲のむこう、約束の場所」
・第2話の「コスモナウト」は「ほしのこえ」でミカコが乗った宇宙船
・タカキとアカリが泊まった小屋は、「ほしのこえ」のバス停
・種子島の学校帰りの駄菓子屋さんは、「ほしのこえ」のコンビニ
・種子島で打ち上げ機材が道路を(時速5kmで)運ばれて行くシーンは、「雲のむこう、約束の場所」の新宿の遮断機で見かけた北へ向かう貨物車
・種子島の打ち上げシーンのまっすぐに伸びた雲は、「雲のむこう、約束の場所」のユニオンの塔
・空を飛ぶ鳥が俯瞰しているのは、「雲のむこう、約束の場所」のヴェラシーラの視線
・etc.
新海作品の特徴とも言えますが、次回作以降がマンネリにならないだろうか、と少し心配しています。
■他のサイトの関連ページ
・TSUTAYA DISCAS レビュー広場: 秒速5センチメートル
・カルテメーカー.番外編: 秒速5センチメートル
・秒速5センチメートル - goo 映画
・秒速5センチメートル@映画生活
・N氏の映画館:不定期日記: 感想『秒速5センチメートル』
・記憶の記録 | 秒速5センチメートル
・たわごとのあわたけ: 秒速5センチメートル
・武士道とは死ぬことと見つけたり: 秒速 5 センチメートル
・やっぱりアニメが好き! After all I love animation! 『秒速5センチメートル』のデジタル革命をみる?
・かのろぐ(Kanohlogue): 「秒速5センチメートル」、その他の日常
・filmdays daybook: 秒速5センチメートル
・Star Gazer`s Cafe | 秒速5センチメートル
・ひとめぼれ日記: 秒速5センチメートル(全力でネタバレ注意!)
・Kawakita on the Web - a chain of short stories about their distance
・Yahoo!ブログ - SIDE-7th Chronology
零無
トラックバックありがとうございます。スパム対策として認証制にしているため反映がおくれまして申し訳ありません。先ほど公開しました。
ブランド名を変えたりするのはアニメの慣習みたいですよ。商標権とかへの配慮かもしれませんがどこまで意味があるのか(笑)
「雲~」の書店のシーンで本棚に挿してある著者名も実在の作家さんのお名前と微妙に変えてあるそうです。
管理人
零無様、コメントありがとうございます。
なるほど、そういう配慮があるのですか。
必ずしも遊び心から来ているわけではないんですね。
t-nanase
はじめまして、トラックバックありがとうございます。
良い作品でしたよね。次回作はまだまだ先になりそうですが、とても楽しみです。個人的には別の方の原作で新海監督の作品を見てみたい気がしますが。
管理人
t-nanase様、コメントありがとうございます。
そうですね、新海監督自身が原作を担当する必要は必ずしもないなと、私も思います。
「雲のむこう、約束の場所」と「秒速5センチメートル」を観た限り、メインの登場人物に共通点が多過ぎる気がします。ヒロキやタカキには共感できますし、サユリやアカリは個人的には憧れの対象になるのですが、この路線だけを続けるのは良くないかなと思わなくもないです。
映像と音楽(天門さん)は、今の路線が最高だと思いますけど。
コスモス
タカキとアカリは高校くらいまで文通していたのだと思います。でも、アカリの心がタカキから離れてしまった。
また、描かれていない大学時代にタカキがアカリに会いに行っているのではないかとも考えられます。この辺は含みですね。
管理人
コスモス様、コメント、ありがとうございます。
返信が遅くなって、失礼しました。
DVDをレンタルして、改めてじっくり観て気がつきました。
エンディングの映像の一部に、鹿児島の住所のタカキ宛に書かれた手紙で、筆跡からアカリからのものと思われるものが、タカキの家のポストに入っていて、それを見てタカキが喜んだ表情をしたシーン、そして、空のポストを見てがっかりするシーンがありました。
アカリのほうも、ポストを開けるのを楽しみにしている姿と、季節が過ぎた後、別の男の子と一緒に歩いていて、ポストに視線を向けるシーンがありました。
制服からすると、タカキが鹿児島に行ってからも、中学生の頃は何度かメールのやり取りがあったようですね。
おっしゃる通り、アカリのほうから、手紙を出さなくなったと解釈するのが良いのかも知れません。
(本文を、少し修正しました。)